スイスの時計産業が発展するに伴い、多くの有名時計師が誕生しました。彼らの小さな工房は現在機械式時計の老舗ブランドーとして現存しています。

次々に誕生する有名職人

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18世紀以降、時計産業の発展と職人たちの切磋琢磨の環境もあって、高い技術を持った有名な時計職人が多く誕生しました。
スイスのジュウ渓谷の小さな村では1735年、ジャン・ジャック・ブランパンという職人が工房を開きましたが、その人こそが現在もなお機械式時計の名だたるブランドとして現存するブランパンの創始者となります。
クオーツが普及している現代にあって、機械式時計の存在は機能美や装飾美に代表される職人気質を感じさせる点が最大の魅力といえますが、その精巧さを人の手によってつくり出す手間から価格は一本数百万円から1000万円を優に超える超高級時計の代表格です。
当時の小さな村の小さな工房からスタートした彼の時計が、現代の老舗ブランド店にまで成長するとは誰が想像できたでしょうか。
またジュネーブ市の時計師組合のマスターピースに認定された時計を製作したのはジャン・マルク・バシュロンです。
彼は長い修行生活を経験したといわれています。
そして現代において世界最古の高級腕時計メーカーの一つにあげられるバシュロン・コンスタンタンというブランド店へと後に変貌をとげる、小さな時計工房を1755年ローヌ川沿いに建て、ジュウ渓谷で作られた部品をジュネーブの職人が組み立てるという分業モデルで事業を拡大していきました。
現在の時計ブランドとしてのバシュロン・コンスタンタンは卓越した技術、デザイン性、仕上げを3つの基盤する価格帯も数百万円〜1000万円の高級時計です。
ムーブメントの多くはハイクオリティの証であるジュネーブシールを取得しています。
この時代に誕生したこれらの小さな工房が、現代でも重宝されるような名門ブランドにまで成長した裏には、職人たちが時計製造にこだわりを持ちつづけ、技術を磨く努力を惜しまなかったからこその成果といえるでしょう。
1758年にスペインのマドリードに自分で時計の売り込みに向かったのがラ・ショード・フォンの時計師ピエール・ジャケ・ドローでした。
彼の技術を駆使したからくり人形の置時計はスペイン国王フェルナンド6世に大変気に入られ、ピエールは王室御用達の時計師となりました。
彼の息子のアンリ・ルイが製作した3体のからくり人形の置時計もヨーロッパで評判を呼び各国の宮廷に招待されるまでとなりました。
親子で高い技術が継承された一例といえるでしょう。
1770年にはル・ロックルの時計師アブラハム・ルイ・ペルレが自動的に時計のゼンマイを巻き上げる機構を発明しました。
普段ポケットなどに入れて持ち運ぶ懐中時計には向きませんが、腕時計のオートマチック機構に応用されるようになると非常に効果を発揮する画期的な発明でした。

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